TOP >上野駅前岡埜栄泉総本家のご紹介 > 総本家の成り立ち
慶応、明治初期に浅草の駒形「岡埜栄泉」から親戚筋の五軒に暖簾分けされたうちの一軒が上野駅前岡埜栄泉である。明治六年、上野駅ができる十年前に当地にて、「岡野ちよ」によって創業され百三十余年の歴史を経て現在に至る。暖簾分けされた五軒は、上野、根岸、本郷三丁目、森川、竹早町にあり、本家を含み、いずれも岡埜(岡野)姓であったが、弊店を除きいずれも閉店してしまっている。本家・岡埜筋としては最も古い歴史を持つ弊店が、岡埜栄泉総本家を継承している。
創業主:岡野ちよ(没)
二代目:岡野はま(没)
三代目:岡野誠三郎(没)
四代目:岡野隆太郎(没)
五代目:岡野俊一郎
六代目:岡野だいすけ
五代目岡野俊一郎は、株式会社岡埜栄泉の代表取締役でありながら、国際オリンピック委員、ワールドカップ日韓共催時のサッカー協会会長、東アジア初代サッカー協会会長、日本サッカーミュージアム初代館長など異色の経歴を持ち、いまなおアマチュアスポーツ界で幅広い活動を行っている。現在、実質的に「上野駅前 岡埜栄泉総本家」を切り盛りするのは六代目岡野だいすけである。
岡野だいすけについては、若の部屋を是非覗いていただきたい。